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記者とは?/ アイフル

[ 410] 記者 - Wikipedia
[引用サイト]  http://ja.wikipedia.org/wiki/%E8%A8%98%E8%80%85

マスメディアの「企業内記者」。テレビ・ラジオや、新聞、雑誌などで、取材・記事を編集、レポーターとして、メディアを通して自分の声で取材内容を視聴者・聴衆者に報告などを行う職業につく人物の事を指す。本稿で記載する。
俗にいう「夜討ち朝駆け」で事件があればいつでも出向くのが原則。用事がなくても外へ出て記事の題材を探す好奇心が求められると同時に体力や精神的な強さも求められていく。
従って、勤務時間はあってないようなものである。そのかわりある程度自由が利くというメリットもある。休暇中も連絡が取れるように義務付けられている記者も数多い。
ラジオ・テレビニュースや新聞はその形式上、限られた文字数で記事を書かなければならないため、「短くまとめる」「専門用語は分かりやすく書く」「要点を先に書き、詳細な説明を後に持ってくる」という文章構成能力が記者には要求される。それらを実現するための多種多様な分野の知識に通じている必要もある。また、記事を短く分かりやすくまとめるために、文章には「紋切り型」の表現が多用され、文章表現には執筆者の個性はなるべく出さないことが求められる。
新聞記者に小説を書かせると、あまり読みやすい文章を書けず駄文となってしまう人も多い。長文を書き、説得力のある表現が求められる作家とは要求される能力は異なるのである。
記者のサラリーマン化の問題がある。記者は報道機関に就職し活動する。当然ではあるが彼らは広義で考えれば、サラリーマンと変わらない「会社員」となるわけである。すると、そこには一般企業と変わらない「業績至上主義」や「出世争い」といった現象が起きても不思議ではなく、そこから、記者たちは報道の本来の目的・使命を忘れ、個人と企業の業績向上だけを目的として行動するようになる。つまり、記者倫理を大きく逸脱する取材行為を行うことがある危険性を孕んでおり、実際、そういった指摘があてはまる不祥事がある。
学閥が形成されやすい。ほとんどのマスコミ企業は大学卒業者からしか記者を採用せず、大手マスコミ企業では早稲田大学卒業者が多い。このため特権意識を持ちやすく、弱者の視点に立った報道がなされにくい一因に挙げられている。また、朝日新聞社内には東京大学出身者による「東大会」が組織されている。
人材の流動性の無さも問題である。マスコミ各社が終身雇用を前提としており、中途採用などもめったに行わないことから、社を超えての「記者」が育たず、記者が特権意識を持ったまま成長しないことがある。これはテレビ局にも当てはまる。
日本のジャーナリストの教育体制は整備されていないという指摘がある[要出典]。ジャーナリストとしての素質に欠ける原因ではないかという指摘もある[要出典]。大学には新聞学部、情報学部などがある。東京大学大学院情報学環教育部が有名である。
記者の養成システムに問題がある。日本のマスメディアの人権意識の低さ、ジャーナリズム意識の低さの原因ではないかという指摘もある[要出典]。記者クラブに入ることのできる特権的なマスコミの新人記者は少なからず、警察担当いわゆる「サツ回り」になる。警察官と親しくなって警察側からの情報を得ることが仕事になり、権力チェックの意識が薄れていくのである。警察発表をそのまま正しいことであるかのように流し、一般の市民の人権を無視して報道する反面、警察内部の犯罪や不祥事を知りながら報道しない傾向がある。記者クラブのマスコミが知りながら報道しないことは、警察以外の公的権力者(政治家、官僚等)の犯罪や不祥事に対しても同様の傾向がある。

 

[ 411] 記者クラブ - Wikipedia
[引用サイト]  http://ja.wikipedia.org/wiki/%E8%A8%98%E8%80%85%E3%82%AF%E3%83%A9%E3%83%96

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記者クラブ(きしゃ-)とは、首相官邸、省庁、地方自治体、地方公共団体、警察、業界団体などに設置された記者室を取材拠点にしている、特定の報道機関の記者が集まった取材組織であり、各団体から独占的に情報提供を受ける。基本的に記者室の空間及び運営費用は各団体が負担・提供し、記者クラブが排他的に運営を行う。このような特定のメディア以外を排除する組織は、外国にそれに当てはまる組織も言葉もないため kisha clubと言う日本語がそのまま外国でも使われる。日本の報道における閉鎖的な体質の象徴として、海外メディアでも批判の対象となっている。
取材形式としては、記者会見場を正式に設けての形式に加えて、取材者も取材対象者も歩きながらまたは、立ったままま行なう「ぶらさがり」や、取材対象者宅を訪問してリーク情報を取得する「夜討・朝駆(ようち・あさがけ)」などがある。
記者クラブは報道をする時に報道協定を結ぶが、その連絡の際に記者室の黒板を使うことから「黒板協定」と呼ばれる。多くは過剰な取材合戦を避ける狙いがあるが、警察などでは誘拐事件などにおける被害者保護のために結ぶ場合もある。
1890年-第1回帝国議会の新聞記者取材禁止の方針に対して、『時事新報』の記者が在京各社の議会担当に呼びかけ「議会出入記者団」を結成、10月にはこれに全国の新聞社が合流し、名称を「共同新聞記者倶楽部」と改め記者クラブが始まる。
1949年10月26日-日本新聞協会は『記者クラブに関する方針』を作成し、記者クラブを「親睦社交を目的として組織するものとし取材上の問題にはいっさい関与せぬこと」と規定。
1997年12月-日本新聞協会は記者クラブを公的機関が保有する情報へのアクセスを容易にする「取材のための拠点」と改める。
2005年7月9日-フリージャーナリスト(ルポライター)寺澤有と船川輝樹週刊現代副編集長が警察庁と記者クラブ加盟社15社を相手どり、警察庁庁舎内で行われる記者会見などに出席し質問することを妨害してはならない、との仮処分申請を東京地方裁判所、東京高等裁判所に申し立てるが棄却。最高裁判所に特別抗告している。
特定の新聞社・放送局が取材を独占し[2]、中小メディア・フリージャーナリスト・海外報道機関の加入をクラブ側が拒否する状態が今でも続いている。最近になって外国、特にEUがこれを非貿易関税によるマスコミ産業の排他的保護主義政策であるとして批判を展開した。批判を受けて日本新聞協会は、外国人特派員協会加盟社は新聞協会加盟社を同等に扱うとの方針を打ち出して、1990年代後半にロイターが兜クラブの加盟を認められた。以後、ブルームバーグやダウ・ジョーンズなど日本国内で大規模な報道網を持つ外資メディアは大半のクラブに加盟し、幹事業務にも携わっている。しかし、このようなことができる外資メディアはごく一握りで、大半の在京外資メディアは記者が数人しかいないため、記者クラブに加入して記者を常駐させることは不可能である。
EU(欧州連合)からは、記者クラブ制度は閉鎖的であるとして、日本の外務省発行の記者証を持つジャーナリストには公的機関での取材をすべて開放し記者クラブ制度を廃止すべきだと主張が出ている。これは英国人女性失踪・殺害事件でクラブ未加盟の外国人記者が警察での記者会見に出られなかったことや小泉首相の北朝鮮訪問の際、非加盟社が同行取材を拒否されたことが背景として挙げられる(飯島勲秘書官の発言)。また、言論の自由やジャーナリストの権利を守るための活動をしているジャーナリスト団体である「国境なき記者団」も日本政府に対して記者クラブ制度の廃止を求めている(外国人記者クラブも参照)。
記者クラブを設置することにより、官庁などでは公式発表などを迅速にメディアに伝えることが可能となる。特に伝える側が発表時刻を記者クラブに連絡して報道を簡素化できる。同時に、記者室には報道各社毎の通信設備も設置でき、取材から編集までの時間が大幅に短縮できる。また、地方自治体においても、情報を提供したい場合などに上位の自治体に設置されている記者クラブに連絡することにより情報発信が容易となる。
さらに、一定の信頼性を有するメディアに所属する記者などに限定して情報を発表することにより、歪曲された報道を抑止する効果も持つ。極めて慎重に扱うべき問題を発表する警察機関などでは、報道被害を未然に防ぐ意味でフリー記者を排除する一定の合理性が存在することも否定できない。また、歴史的に一定の信頼関係を築いてきたメディア所属の記者と、信頼関係を築いていないフリー記者を同列に扱うのは間違いであるという主張もある。
また、官庁などが記者クラブを無くしてマスコミの取材を受け付けないようにした場合、スキャンダルの報道を未然に防ぐことが出来るため、国民の知る権利が損なわれるという懸念もある。
記者クラブがなくなった場合、売名目的で歪曲報道を行うフリー記者が多数出現してしまうことが危惧される意見もある。
外国では広報担当者が、情報を公示する、あるいは会員制でなく登録制の記者会見を開くことで全く同じ目的を達成しており、日本のような会員制の記者クラブが必ずしも必要とはいえない。未然に発表すると害をなすかもしれない情報を公表しないようにするのは、警察の責任で記者クラブの責任ではないと指摘される。犯罪捜査において、二次犯罪、あるいは犯人の逮捕に必要な場合は警察が裁判所に報道禁止を申請すればよい。未成年、被害者、および被疑者の実名や写真の掲載も立法によって処理されるべきであり、また欧米先進国ではそのように扱われている。また法的(憲法上)の根拠が無い場合に、報道の規制を恣意的に行うのは法治国家として問題である。
最近では、欧州連合から、記者クラブは情報産業の寡占を維持する組織であり、特に外国の記者が締め出されるのは、非関税の貿易保護政策に当たるとの批判が展開された。これをうけて外国人にも記者クラブへの参入が可能になった。しかし欧米のマスコミで日本に常時専属記者を置ける会社は少数で、ほとんどは、臨時の記者に記事の執筆を依頼している状況でこれらの記者は記者クラブの会員になることはできない。よって記者クラブが外国の組織に開かれたとしてもその影響は乏しいとして記者クラブの存在そのものがいまだに問題とされている。
記者室及び運営費用が基本的に取材側に無償提供されることもあって、取材対象との馴れ合い、癒着が生じやすく、情報提供側にとっては情報操作が容易になる。また記者クラブの会員であれば情報が簡単にもらえる反面、その外部での調査・取材活動には相当な労力が伴う。とくに政府機関は公式発表だけでもマスコミにとって最大のソースであるため、政府系の記者クラブが事実上政府の政策の代弁者となりかねない。これは民主主義の健全な運営に著しく障害をもたらす。
元共同通信記者でジャーナリストの魚住昭は「官庁の集めた二次、三次情報をいかに早く取るかが仕事の7、8割を占めてしまうと、実際に世の中で起きていることを察知する感覚が鈍る。役人の論理が知らず知らず自分の中に入り込み『統治される側からの発想』がしにくくなる。自分はそうではないと思っていたが、フリーとなって5年、徐々に実感するようになった[3]」と記者クラブにいることによって記者の精神的荒廃が起こり、ジャーナリストとしての感覚が鈍ってしまうと指摘している。
コラムニストの勝谷誠彦は記者クラブ制度を「最大の利権談合共産主義」として痛烈に批判している[4]。その証拠として、衆議院議員河野太郎は(日本のメディアでは)記者が政治家から食事をご馳走になるのは当たり前、政治家が外遊する際には同じホテルに泊まり、「政治家と記者はよいお友達」になることがメディアでは「良い記者」とされている現状を指摘している[5]。
犯罪報道においては記者クラブと警察の癒着により、警察が自らの捜査に有利な方向に情報操作を行い取材する側は、なんの自己調査・取材も行わずそれをそのまま報道するとの現象も見られる(松本サリン事件や志布志事件、香川・坂出3人殺害事件など)。
2008年に発覚したNHK職員によるとされるインサイダー取引事件はニュースソースの悪用であり一定の信頼性を有するメディアに所属する記者などに限定して情報を発表することによって歪曲報道を抑止するという記者クラブ正当化の根拠を揺るがせるものだとする向きもある。
インターネットの普及により新聞離れやテレビ離れが進み、市民記者やブロガーといったインターネットを発表手段にする記者が登場している現在、既存メディアのみで構成される記者クラブは時代にそぐわなくなりつつあるという見方もある。現状で言えば、インターネットの既述も圧倒的に新聞記事からの引用で占められ、結果的に「ネットの意見」として記事の主張を幇助する事になっている上、ブログなどでは「ネットの匿名性」が無責任な既述のたまり場という社会的認識をもたらしていることから、抜本的なメディアの構造再編が無い限りは記者クラブの対抗馬としては弱いのが現状である。
古くは1921年にガス会社がガスの値上げの承認のために当時の東京市議会の市議に贈賄工作を行ったが、その際市役所や警視庁の記者クラブに詰めていた新聞記者にも贈賄工作が行われていたことが発覚し、世論から糾弾された(東京ガス疑獄事件)。
1974年に文藝春秋が報じた「田中金脈問題」の場合、当時この疑惑は以前から記者クラブ内では知られていた話にもかかわらず、ほとんどどのマスコミが文藝春秋が記事化するまでこれを黙殺した。
1998年、TBSで放送された『総理と語る』では、当初同局がビル・クリントン大統領とのタウンミーティングを成功させたことを踏まえた上で、『ニュース23』キャスターの筑紫哲也が、当時の小渕恵三首相に対し、クリントンと同様の形式で、タウンミーティングを行うことを打診した。これに対し、小渕本人も乗り気だったが、記者クラブ側の反対で頓挫した。結局『総理と語る』はこれまで通りの形式で行うことになった[6]。
1999年、東京高検検事長の女性問題を調査していた最高検次長検事が、法務省内で複数の記者に対し「確かに浮気はあったかもしれないが、みんなそういうことを活力にしているんだ。この建物(法務省)の中の半分以上の検事はそう思っている」と発言。しかしこの発言は、記者クラブに所属していなかった西日本新聞が記事にするまで、記者クラブ内ではさほど問題にされなかった。
1999年、農水省記者クラブの会見場に国旗を置くことを巡り、一部メディアと農水省関係者が揉める事件が起こった。当時は「国旗国歌法」が成立した直後で、強制の有無を巡って議論となっていた中で起こった事件であった。この時の一部メディアの行動に対しては「国旗国歌法」を支持する側だけでなく、同法に批判的な側からも「そもそも農水省の庁舎内で騒ぐこと自体がおかしい」「記者クラブのエゴではないか?」との批判が出た。
2000年、当時の小渕恵三首相が突如日本テレビとテレビ朝日の番組に電話で生出演した。しかし記者クラブ側からは、「前例がない」という理由でテレビ朝日に抗議した(日本テレビはお咎めなしだった)。
2000年6月25日、首相官邸敷地内にある記者クラブ「内閣記者会」で『明日の記者会見についての私見』と題するメモが落ちているのが見つかった。このメモは2000年5月26日に行われた当時の首相・森喜朗の神の国発言の釈明会見で、記者側の追及をかわす方策を記した首相宛ての「指南書」とみられた。またこの問題をめぐっては主要週刊誌がその指南書を書いたメディア(NHK)を実名で取り上げたにも関わらず内閣記者会側はこの問題の真相究明には消極的だった。この指南書はNHKが記事出稿に使用する「5300」と呼ばれる端末内にある「連絡メール」の印刷様式と同じであった。また、NHKでしか使わない「民放」という表記があった。
2005年11月8日、放火事件で逮捕されたNHK大津放送局の記者が所属していた滋賀県警記者クラブを滋賀県警が家宅捜索した。しかし情報源の秘匿が脅かされるとして危惧する意見も出た[7]。
2007年9月10日、日本相撲協会は杉山邦博日本福祉大学客員教授に対し横綱朝青龍に関するテレビでの発言が協会批判に当たるとして協会発行の取材証を返還させた。これに対し杉山が会友として所属している東京相撲記者クラブ側は「批判する相手の取材証を取り上げるのは暴挙」と反発している。
1994年、当時新生党代表幹事だった小沢一郎が、記者クラブ以外の雑誌社記者も会見に参加できるという当時では画期的な試みを行ったが、小沢とメディアとの対立などもあって途中で挫折に追い込まれた。
2002年、当時民主党幹事長だった岡田克也がスポーツ紙や週刊誌や外国報道機関などのあらゆるメディアが会見に参加できる方式を導入した。それまでは野党クラブ以外のメディアが会見に参加することが出来なかった。
1996年4月、神奈川県鎌倉市は、全国紙や地元紙の神奈川新聞など6社でつくる「鎌倉記者会」に市役所内の記者室を使わせるのを止め、その場所を市に登録した全ての報道機関が利用できる「広報メディアセンター」として開放した。当時の市長・竹内謙(元朝日新聞編集委員、現・インターネット新聞janjan代表)の「一部の報道機関でつくる記者クラブが、税金で賄う市の施設を独占するのはおかしい」という考えによるものであった。
2001年6月8日、東京都は都庁内の鍛冶橋・有楽記者クラブに対し、同年10月からクラブ及びスペースの使用料を支払うよう申し入れたが、後にこれを撤回し、光熱・水費と内線電話代に限って徴収することになった。また、石原慎太郎東京都知事は週刊誌や外国報道機関が会見に参加できないことについて疑問を呈している。
2004年3月30日、外務省は、中央官庁・都道府県庁・警察などに対し、外国メディアの記者を会見に参加させるよう依頼する文書を発送した。
2007年5月11日、東国原英夫宮崎県知事は定例記者会見で、「記者クラブという存在は、先進国では日本だけ」であると述べた上で、現行の県政記者クラブの在り方を見直すべきとの問題提起を行った。この直後、読売新聞など一部メディアでは否定的見解を表明した。
1993年6月、東京証券取引所記者クラブである「兜倶楽部」は、これまで加盟資格は日本の報道機関に限られていた規約を改正して、新たに「日本新聞協会加盟社に準ずる報道業務を営む外国報道機関」と付記し、事実上外国報道機関にも門戸を開放した。
1999年3月、経団連機械クラブが廃止。この記者クラブは、電機、造船、半導体、自動車など取材拠点として運営されていたが、家主の経団連側が退去を要求。報道側と発表主体企業側とでクラブ存続の方策が議論されたが、打開策が見つからないままクラブは消滅した。この背景には電機メーカー側はオープンな記者会見を行い、ニュースリリースもメールを利用していたので、クラブを使うメリットが少なかったからと言われている。一方、自動車業界はクラブを存続させるため、日本自動車工業会の中に「自動車産業記者会」を設置したが、朝日、読売、毎日、日経が参加を拒否し、事実上、記者クラブとして機能していない。
1999年7月、日本電信電話(NTT)の記者クラブ「葵クラブ」が、NTTの再編に伴って廃止。葵クラブについては、かねてから一民間企業に記者クラブがあったことについての問題が指摘されていたが、NTT再編を機に報道各社で作る経済部長会が葵クラブを記者クラブとして認めないことで一致。一方、NTT側もクラブ加盟社以外の雑誌や海外メディアに記者室を開放する狙いからクラブの廃止を受け入れた。
2001年5月15日、前長野県知事・田中康夫は「脱・記者クラブ宣言」[8]を発表した。県庁にある3つの記者室を閉鎖し、誰でも利用できるプレスセンター「表現道場」(後に「表現センター」に改称)を設置し、会見を記者クラブではなく県主催で行うというものだった。大手マスコミの情報独占の停止と記者室の無償提供などの便宜供与の停止が目的だったが、大手マスコミは激しく反発し、以後の県内外の大手マスコミとの確執を生んだと言われている。特に信濃毎日新聞は、田中から執拗に質問を受けるなど、信毎は「記者会見に名を借りた糾弾だ」と抗議していた。
2006年10月3日、現知事・村井仁は「表現センター」を「会見場」に名称を変更することを発表した。また、田中時代と同様に一般の人も申し込めば会見に参加できるようにするとしている。会見は県主催なので、参加に制限はない。マスコミ各社は、初回の会見をはじめ、数度にわたり、記者会見のあり方について村井に質問しているが、村井はこれは記者会見ではなく会見であると訂正した上で、市民の自由な参加を確保しつつ、ほとんど全ての方の質問に答え終わるまで続ける運用を変えないと表明している。
東京証券取引所内に設置された記者クラブ。決算発表や、株価に重要な影響を及ぼすような出来事については、企業はこのクラブで発表するのが基本とされている。
旧国鉄の記者クラブ。現在はJR東日本の本社にある。運輸を担当している記者は国土交通省のクラブに詰めているため、ときわクラブに常駐している記者はまばら。毎日新聞記者時代の種村直樹も所属したことがあり、種村がレイルウェイライターとなってから執筆したフィクションには「ときわ」をもじった架空の固有名詞がいくつか登場する。
寄り合い所帯の様相が強く、交通政策の取材をしている記者の隣に座っている記者はゼネコンの債権放棄問題を取材しているなどの光景が繰り広げられている。
東京・中央区にある日本鉄鋼連盟の中にある記者クラブ。鉄鋼連盟にあるにもかかわらず、常駐記者は非鉄金属、化学、繊維、ゴム、紙、ガラス、化粧品、日用品(ライオン、花王など)、医薬品、アパレルなどを担当している。経済系の記者クラブとしては最も担当業界の範囲が広い。
ただ、日経、朝日、読売、毎日の4紙が記者クラブに参加しないことを決めたため主要4紙が加わらない記者クラブに。このため、新聞協会は自動車記者会を記者クラブと認めていない。
経団連ビル内にあり、日本経団連、経済同友会、日本商工会議所などを担当。経済団体連合会記者会との誤記があるが、正確には経済団体記者会。海外メディアなども加盟するが、運営は国内主要メディア15社(全国紙5紙、共同通信、時事通信、ブロック紙3紙、日刊工業新聞、フジサンケイビジネスアイ、NHK、テレビ朝日、TBS)の常駐社が行う。
このクラブは会議所側が中小企業をマスコミに取材してもらおうという意図で設立を働きかた。しかし、現実には、流通やサービス、ノンバンク、食品業界を取材する拠点になってしまい、中小企業を取材する社は皆無に等しい。会議所側はこれに対して不満で再三、中小企業を取材するよう要望するものの実現には至っていない。
このため、クラブ運営をめぐって会議所と報道側の関係はかならずしもしっくりいっておらず、クラブ閉鎖の噂がたびたび浮上している。
総理大臣官邸の敷地内にある記者クラブ。最近は「官邸クラブ」などと呼称する場合が多いが、正式には内閣記者会と称する。永田クラブ所属の記者は、主に内閣総理大臣、内閣官房長官、官房副長官や官邸や内閣府の取材を担当する。
国会議事堂、衆議院内にある、在京テレビ局6社(NHK・日本テレビ・TBS・フジテレビ・テレビ朝日・テレビ東京)が加盟している、テレビニュースカメラマン専用の記者クラブ。 ちなみに、テレビニュースカメラマン専用の記者クラブは映放クラブが日本で唯一。
衆議院内にある、ラジオニュース専門の記者クラブ。正式には国会放送記者会と称する。民放クラブ所属の記者は、主に政治取材における記者会見やぶらさがり取材の録音をする。
ちなみに、民放クラブにNHKは加盟していない。NHKのラジオニュースはテレビニュースの音声を使用するため。
自民党本部内と衆議院内にある記者クラブ。平河クラブに所属する記者は、主に自民党、公明党の取材を担当。
自民党本部の平河クラブは「党本部平河」、衆議院内にある平河クラブは「院内平河」として区別している。所属する記者は、国会開会中は院内平河に、国会閉会中は党本部平河に詰める場合が多い。
国会議事堂、衆議院内にある記者クラブ。野党クラブに所属する記者は、主に民主党、共産党、社民党の取材を担当する。
朝日、毎日、読売、東京、日経、共同の新聞・通信社6社が加盟する「七社会」。昔はここに時事新報も加盟していたので、7社の加盟で七社会に。警視庁の記者クラブの中では最も歴史と権威がある。
1956年に社団法人日本雑誌協会が設立され、この中に「雑誌編集に関する取材活動の便宜をはかるため、協会会員社によって、日本雑誌記者会、日本雑誌写真記者会」が設けられる。
外国では日本のような「記者クラブ」のシステムは韓国にのみ存在し日本の併合時代からの影響だと言われている。韓国でも記者クラブの弊害が指摘されているが2001年6月11日には京畿道城南市庁に出入りする『京仁日報』『全国毎日』など11の地方新聞社の記者が自ら記者クラブから撤収するなどマスメディアの自主的な改革や同年に仁川国際空港の記者会見から排除されたインターネット新聞「オーマイニュース」が排除差止めを求める訴訟を起こし認められたことも記者クラブ解体に拍車をかけることになった[9]。
2003年には盧武鉉大統領の方針によって大統領府(青瓦台)の記者クラブを解体し新たにインターネットメディアや外国報道機関などにも門戸を開く会見室を設置した。これによって青瓦台に登録すれば会見に参加できるようになった。
国防総省などでは比較的に日本に似た「記者クラブ」は存在するもののあくまで少数であり、また、日本と違ってサロン的色彩が強い。
ホワイトハウスでは重大な発表が行われるような場合は特定の大手メディア記者(特にテレビ)を秘密裏に呼び集めて「ブリーフ」と称する秘密会見で事前に発表の内容を詳しく説明(ブリーフィング)う場合がある。これは、特にテレビなどの場合は公式な発表と同時にそれが直接報道されるため、発表直後に不本意な憶測報道が起こらないようにするため、事前にその内容を伝えておくことにり報道体制をまとめやすくするためである。しかしそれ以外ではジャーナリストであれば誰でも発行してもらえる「記者証」によってホワイトハウスや各省庁の記者会見に参加することが可能である。
ただし、「記者証」を発行してもらうためには厳重なセキュリティーチェックを受けなければならず、また発行されるまでに数ヶ月程度時間がかかることもある。
最近ではインターネットのブログでニュース報道を配信しているブロガーに記者証を発行し、話題になった一方でウェブ上でニュース報道を配信しホワイトハウスから記者証を発行されていた保守系ニュースサイトの記者が違法ポルノサイトを運営、違法取引を行っていたことが発覚しセキュリティーチェックの不十分さが指摘された。
これまでは議会記者証を持った記者だけが対象のブリーフィングが行われていたが、トニー・ブレア政権になってからフリー記者の会見参加が認められるようになった。また、ブレア政権発足までブリーフィングはオフレコ扱いとされていた。
ジャーナリストであれば「プレスカード」が発行されるが、この発行を受ける場合はメディアの関係者とジャーナリストで作られている「プレスカード委員会」の審査を受けなければならない。また、この「プレスカード」によって大統領府(エリゼ宮)や各省庁の記者会見に参加することができる。
全国の多くの記者クラブでは、記者クラブのメンバーと広報担当者との間で懇親会(忘年会・暑気払い・送別会など)が行われたりしている[2]。地方の小規模の記者クラブほどその傾向が強いとも言われる。違法行為というわけではないが、ジャーナリストとしてふさわしくないという意見もある。
2002年に内閣官房報償費(所謂官房機密費)問題がクローズアップされた際、毎年行われる内閣記者会の忘年会や新年会更には慰安旅行に行く際に、官房長官が記者会側に餞別を渡し、しかもその餞別が内閣官房報償費から出ていたことが発覚し問題になったことがある。
2005年には館林市の市長と報道各社による定例会見後の昼食代が、公費から支出されていたことが市議会議員の質問で明らかになり、館林市は公費負担を廃止する意向を表明した。
^ 筑紫はこの顛末を著書『ニュースキャスター』で明らかにしている。因みに筑紫は記者クラブ制度について批判的なことでも知られている。
この「記者クラブ」は、社会科学の分野に属する書きかけ項目です。この記事を加筆・訂正などして下さる協力者を求めています。(ウィキプロジェクト 社会科学)

 

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